多島多美

”多様性”と”調和”と”解放”がテーマの管理人しゅんすけのブログです

目に見えない生きにくさを抱えている人たちが、心の底から笑いあえる瞬間を作りたい

僕が命を使ってやっていきたいことです。
こう思っているのは、僕自身が、家族にも、友達にも、30年にわたって言えない生きにくさを抱えて生きてきたからです。
 
突然ですが、僕はゲイです。
世間で今言われている、LGBTというセクシャルマイノリティと言われてる人たちの1人です。
 
それに気づいたのは、中学生の時でした。思春期まっただ中、周りは異性に対しての話で盛り上がるそんな時期に、僕は周りとはまったく違った感覚を持っていることに気づいていました。
 
「俊介、彼女いるの?」
 
何回聞かれたかわからないこの言葉に、時にはウソをついたり、時にははぐらかしたり、盛り上がりやすいその話題に、僕は後ろめたい感情を抱いていました。
 
彼、彼女らはなんの悪気もあったわけではない。それがわかっているからこそ、誰かに対してネガティブな感情を向けたことはなく、ただ、僕が、僕自身が、感情にふたをすればいい。
 
そうして僕は、人と心の底から向き合うということが、いつの間にかできなくなっていました。
自分で言うのもなんですが、元々人が好きで、社交的な性格な故に、ものすごく仲良くなるんだけど、あと1歩、どこかで見えない透明のベールみたいなものを、無意識的にはるようになっていました。
 
人に嫌われたくない。
だから、絶対に言えない。
むしろ、言って何の意味があるんだ。
 
人一倍、嫌われることに恐れを感じていた僕は、ずっと自分のコアとなる部分について、日常生活で会う人たちには、誰にも見せないという選択をしたのでした。
 
 
ところがある日、その考えは大きく変わりました。
 
それは、NPO法人バブリング(http://npobr.net/)という団体に出会ったからです。
彼らは、「世界を”打ち明けられる”でつくりたい」というスローガンを掲げ、
目に見えない生きにくさを抱えている人たちが、ありのままに生きることのできる強く寛容な社会を創ろうとしていました。
 
10月11日。世界的なカミングアウトデーという記念日に毎年行なっている彼らのイベントで、ある1人の青年の話を聞きました。
彼は児童養護施設出身で、その体験をありのままに話していました。
 
児童養護施設出身って、ドラマでは見たことあるけど、生で初めてみたなー)
 
ところが同時にふと思ったのです。
 
(初めて会ったと思ってるけど、もしかして、今まで気づいていなかっただけじゃないか)
 
自分の中で勝手に作っている「前提」の元で、目の前の人と向きあってきた自分に気づいたのです。
 
思い起こしてみると、これまでさまざまな人の話を聞く中で、
彼ら彼女らの中にある、「他の人には言いづらい事情・バックグラウンド」に触れてきてる自分がいました。
 
母に「あなた、カウンセラー向いてるんじゃない?」と言われるほど、
「人の相談にのること」が好きで、真摯に向き合ってきた僕が思ったのは、
誰しも、多かれ少なかれ、人には言いづらい「生きにくさ」のようなものを
抱えているということでした。
 
それは時には、自分の生い立ちのことであったり、
時には、過去の経験であったり、
時には、病気や現在進行形のある事情であったり、、、
 
「大多数」ではない、「普通」じゃない、「常識」じゃない
 
そんな枠組みから外れたことは、
そっと自分の胸の内におさめていなければならないことである。
 
目に見えない生きにくさを抱えている人たち
 
そんな人たちにとって、僕は味方でありたいと思いました。
 
僕がカミングアウトすることで、
 
「自分は1人じゃないんだ。
事情は違えども、同じように、生きにくさを抱えながらも、
心から笑い合える瞬間があることを信じて、生きている人がいるんだ。」
 
そう思ってもらえるならば、僕がありのままの自分を打ち明けることにも
多少の意味があるんじゃないかと思ったのです。
 
僕が大好きな2016年のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の、
アラフィフの独身女性の百合ちゃんの台詞にこんな言葉があります。
 
与えられた価値に押しつぶされそうな女性たちが自由になる。
自由だからこその美しさ。例えば私みたいなアラフィフ独身女だって
社会には必要で、誰かに勇気を与えることができる。
 
あの人が頑張ってるなら、自分ももう少しやれるって。
今ひとりでいる子や、ひとりで生きるのが怖いっていう若い女の子達に、
ほらあの人がいるじゃない。結構楽しそうよ。って思えたら
少しは安心できるでしょ。
だからわたしはかっこよく生きなきゃって思うのよ。」
 
僕自身も、本質的には、こんな風に生きたいと思ったのです。
 
だから、僕はこれからの人生で、
目に見えない生きにくさを抱えている人たちに寄り添っていきたいと
思いました。
 
そして同時に、「声なき声」を伝えていく代弁者になりたいと思いました。
 
 
この世には、様々な先入観や偏見があります。
僕がそうだったように、知らないがゆえに、不用意に誰かを傷つけてるかもしれないのです。
 
その多くは、「知らない」というところから発生するものです。
だからこそ、第1歩である「知る機会」を作っていきたいと思っています。
 
その1つとして、より多くの人たちに見てほしいTV番組があります。
 
7月20日(木)24時(日付変わって21日金の0時)から放映される
NHKEテレの『バリバラ』という番組です。
 
この番組のこの回のテーマは『カミングアウト その後』です。
 
 
僕がやっていきたいことは、LGBTに限らず、さまざまな生きにくさを抱えている人たちの支援ですが、この番組では、LGBTのカミングアウトを軸として、
もし、あなたがカミングアウトされたらどうする?というテーマで、一緒に考える番組となっています。
 
僕も番組後半に、当事者の立場として少しだけ出演します。
僕がこれまでカミングアウトしてきた経験に基づいて感じたことをお話しています。
 
番組内でも語られていますが、必ずしも、全員が「カミングアウトしなきゃならない」と思っているわけではありません。
ただ、自分の大切な人に伝えたいと思っている人がいる昨今、カミングアウト「される側」がどう発言したり、行動したりするのかが重要だと思います。
そう言った意味で、そんな「される側」にとって、考える良い機会になれたら、と思います。
 
 
「寄り添うこと」。そして、「伝えていくこと」。
2つのライフワークを、全身全霊、この命が果てるまで、
本気でやっていきたいと思っています。
 
僕が今はそうなったように、大切な人がいる人が、自分の大切な人と心の底から笑い合える瞬間が訪れる未来を願っています。
 
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P.S. これまでつながっていて、言えなかった方へ
驚かれた方や、やっぱりそうなんだと思った方(笑)
 
直接伝えられずすみません。
 
僕はこうやって伝えていく役目を担おうと思ってる以上、
何でも聞いてくれても大丈夫です。
 
自分自身のこと
自分の身の回りにいる人のこと
 
何かで悩んでるいるならば、僕にできる範囲なんてすごく限られてますが、
僕でできることは精一杯応えていきたいと思っています。
 
「これ聞いちゃいけないかな」と思わず、何でも聞いてください。
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました!